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さー

Author:さー
愛知生まれの東京育ち。
旅と野球とお酒を愛する39歳。女。
フットワークの軽いインドア派。

2012年1月15日、世界放浪の旅に出発。
2014年12月23日、帰国。

行きたいところに行ったら最終的に世界一周になりました。

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一時帰国とロシアビザ

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た だ い ま ー !!

以前からカエルカエル詐欺をしていましたが、やっと一時帰国しました。

久しぶりに見るニッポンは小ぎれいで小ざっぱりしていて小じゃれていました。日本人て“あくせく仕事してストレス抱えて、電車の中で携帯ずっといじってる”イメージで固まってたんですけど、1年ぶりに山手線に乗ったら「みんな、結構幸せそうだなー」って思いました。心がポッとしました。
でもやっぱり島国で単一民族の国で、外国と関係が薄い国だなぁとも感じました。危機感ないし。東京オリンピック決定で喜んでいる場合ではないと思うのです。

でも、やっぱり自分の国だから居心地いいです。それはもう。

さて、前から申していた通り、今回の帰国はカテーノジジョ―によるものなので旅はまだ続きます。もうちょっとだけね。なので旅へのモチベーションを落とさないために帰国後、何をしていたかと言いますと…


記念すべき一食目、塩ラーメンに始まり
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お好み焼きを頬張り
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トンカツにかぶりつき
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刺し身に舌鼓をうち
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焼き肉に興奮し
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神宮球場でカレーを食べ
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どぶろくを飲み干し
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朝から日本酒を嗜む
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そんな日々を送っていた結果














39℃の熱を出してぶっ倒れています。
ばーかばーか

この1年、風邪ひとつひかず、お腹ひとつ壊さなかったのに、まさかの日本でダウン。。。

そんなわけで只今療養生活中。ポカリと布団が友達です。
今日ネットで35歳~45歳の独身男性が一番淋しいと思う瞬間第一位は“病気で寝込んでいる時”と書いてあるのを見かけて心底同意致しました。何が楽しくて1人でポカリを買いに行き、1人で薬の準備して、1人で冷蔵庫をあさっているのか、つまり生きてる価値があるのかどうかって話です。
それで悲しくなってきたのでサイトの端に小さく出ていた“野球好きのためのBBQ婚活パーティー”の広告をクリックして一筋の光を見出していたのですが、はるか昔、合コンをした時に野球好きの人と「今までの最強助っ人外人は誰か?」という話になったのでパチョレック(元大洋)を推したところ「いやー、女の人がパチョレック知ってるってないでしょ。いやーないわ。」ってドン引きされた事を思い出したので参加するのはやめました。なんなら、パウエル(元中日)とかバンスロー(元中日)とかラロッカ(元広島)も推したかったんですが。
代わりに“海外旅行好きの婚活パーティー”ってのも見つけたんですけど、これはあれですよね。「好きな国はフランスです♡」系ですよね!?間違っても「アフリカのレソトです♡」系ではないですよね!?あぁ難しい。
なんてことを考えてたらいつまで経っても熱が下がらなそうなのでブログ書いてます。はじめからそうしとけ。

とりあえず老体を酷使してしまったので、しっかり休んで、気合い入れ直したいと思います。まだ焼鳥もお寿司も天丼も食べてないので、ここでくたばるわけにはいかないのです。


と、近況報告も終わったところで、ここからが本題。いよいよロシア編の始まりです。はらしょー。
昨年8月~9月に旅をしたロシアの記事を書いていなかったので、その回顧録です。
普段、旅に役立つ情報を一切載せず、旅人からの支持率3%のこのブログですが、ロシアに関しては覚えている限りの情報を載せようと思います。ほとんど覚えてないのですが。そのわずかな情報ですら古い場合があるので現情報を必ず確認してくださいね。特にロシアの場合、制度が変わりやすいので。

今日はロシアに行くために必ず必要なもの、ビザについて。
ロシアに行く人が少ないのは、このビザの取得が厄介という点が非常に大きいのではないかと思うのです。他にも“暗い”とか“人が冷たい”とか“見所あんの?”ってイメージもあるとは思いますが。
あ、これ全部、ロシアに行く前の私の気持ちです。

なぜ厄介かというと、
その1.取得出来る場所が限られている
今、確実に取れるのは日本、バルト三国のどこか(国名忘れた)だけ。つまり東側から入りたいなら日本で取っておくしかない。

その2.ビザ取得時に旅行会社が発行した旅行確認書とバウチャーが必要。
この書類には入出国日や旅行の日程、移動手段、滞在先等が書かれるため、すべて事前に決めなくてはいけない。(と思われている)

この2点によって自力でビザが取れない、自由に旅行ができない、と思っている人が多く、まさに去年の私がこれに怯えていたわけですが、いざ終わってみると

あっけないほど簡単だった!はらしょー!
となります。

お悩み解決方法はコチラ
↓  ↓  ↓
取得する場所はどうしようもありません。私は旅に出る前からロシアを横断してヨーロッパに入るルートを決めていたためアジアを回った後、一度日本に帰りました。ロシアビザのために。それだけのために。ろしあー!
もし、ボクは日本に帰りたくありましぇーんという人がいたら、どうぞバルト三国へ。(ちょっと熱で頭がおかしくなっているので寛容にお願いします)あとフィンランドから船で往復すればビザなし?で72時間滞在可能という話も聞いたことがあります。順調にいけばサンクトペテルブルグに2泊できるらしいので、ロシアをチラ見したい方はその方法も探してみてください。

旅行確認書とバウチャーはその書類だけを発行してくれる会社があります。
※一応、裏ワザ的な方法なので利用は自己責任でね!

去年利用したのがココ↓
Way to Russia
※シングル観光ビザ用30ドル(24時間以内発行)

今回利用しようと思っているのがココ↓(しれっと書いたけどまた取るつもり)
Travel Russia.su
※シングル観光ビザ用14.35ユーロ(即発行?)

下の方はまだ使っていないのでなんとも言えませんが上の方はオンラインで簡単なフォームに入力するだけ。(行く場所は決まってなかったら適当でいいとか書いてある)そしてお金払えば24時間以内にPDFデータがメールに添付されて送られてきます。(A4版1枚で半分が確認書、もう半分がバウチャーになっている。ロシア語なので読めないが見るからに簡素な文書)それをプリントアウト(白黒可)して申請書等と一緒に大使館に提出すれば、何の問題もなく受け取ってもらえます。あとは受け取り日を決めて終了。2週間以上待てるのならば無料です。

申請に関する詳しい情報はロシア大使館のHPをどうぞ。


でも実際、ビザを受け取っても不安なんですよね。このビザが使い物になるのかなって。

不安1.入国日と出国日は守らなければいけないの?
ビザ代行業者の中にはビザに記載された日の通りに入出国をしなければならないと書いてあるところがありますが、実際は大丈夫でした。私は当初の予定が変更になり入国が申請時より1日遅れ、出国が3日早くなったのですが問題ありませんでした。Way to Russiaのサイトにおいても「申請した日程の中であれば入出国が可能」と書かれていますし、入国時に利用した日本のフェリー会社に問い合わせた時も同じ事を言われました。(他の国にあるような、入国してから1ヶ月有効という形ではないので注意。あくまでも自己申告した入国日から出国日までの間がビザ適用期間です。入国日が遅れるほど、滞在できる日数は少なくなっていきます)
ちなみに大使館側の配慮で申請した出国日に1日プラスされてビザは発行されるようです。

不安2.旅の日程は厳守ですか?
私の場合、申請時と全く違うルートで回りましたが、何の問題もありませんでした。入国の場所も違います。そもそもバウチャーを作ってもらう際に移動手段は何か等、聞かれていないのでバウチャーにどう書かれているのかも知りませんでした。入出国の時を含め、ロシアにいる間バウチャーチェックは一度もありませんでした。

不安3.滞在登録ってなんですか?
ロシアには入国後に行うレジストラーツィヤと呼ばれる外国人登録制度があります。通常、滞在するホテルで手続きを行ってくれますが、安いホステルの場合有料のことがあります。また手続きをしなければいけない条件について、私としては7日以上(日、祝日を除く)同じ場所に滞在する場合に行うものと考えています。ただ実際行ってわけ分からなかったんですが、入国初日のサハリン・ユジノサハリンスク(1泊)のホテルでは「絶対登録しなければいけない」と言われ手続きしてもらうことに。その後、モスクワ(5泊)のホステルでは「よく分からないけど陸路で抜けるならやっておいた方がいい」と言われ、同じく手続き。最後、サンクトペテルブルグ(5泊)のホステルでは「7日以上いないなら必要ない」ときっぱり言われました。周りにいた欧米系バックパッカーも同様の事を言っていたので、やっぱりこれが正しい気がします。ちなみに出国の時にはなんのチェックもありませんでした。証明のために、鉄道の切符やホテルの領収書は必ず保管しておいた方がいいと思います。
条件に関する詳しい情報は外務省のHPをどうぞ。


以上、グダグダ書いてしまいましたが、終わってみればなんであんなに心配してたんだか笑いたくなるくらいすべてが順調でした。ロシアは手強いという都市伝説だけが先行してしまっているのかもしれません。ですので、ロシアへのハードルをあげずに是非ビザ取りに挑戦してみてください。私も近々行ってきます。うまくいきますように。


“お酒好きの婚活バーティー”にします。好きなお酒はどぶろくです♡
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サハリン(旧樺太)って行けるんですか?

いやー、パソコンが故障してネチネチ文句を書き連ねた記事をスマホで書いてたら突然パソコン直りました。
誰に似たんだ、この気分屋が!!


お久しぶりです。

更新が止まったのは日本で食べることに忙しかった60%、前田の引退に落ち込んでいた20%、再出発の準備に忙しかった15%、パソコンが壊れた5%です。

前回“ただいま”と書きましたが、すでに再出発しています。さようなら、カツ丼。

そして今、ロシアにきております。

雪です。東京との気温差30℃。
でも、ケンチャスムニダ。
元気にビールを飲んでおります。

さて、今回のロシア話はおいといて去年の話に戻りましょう。何事もなかったかのように前回の続きです。

※ここからの話は2012年8月の出来事です。

ロシアのビザを取った後は旅のルート作り。いや、本来はルート決めてからビザ取るんですけれども先走ってしまったもので。

頭の中で“鳥取から船に乗ってウラジオストクへ行き、そこからシベリア鉄道で大陸横断”という妄想ルートが出来上がっていたため余裕こいてたというのもあります。
だから余裕こいて出発の10日前に船会社に電話したんですよね。
そしたら「満席です」と無情の一言。
さらに「翌週も満席です」と追い討ちの一言。

妄 想 ル ー ト 崩 れ る

ロシアのビザは入国日~出国日が決まっているので、日程はずらせない。焦る。いまさら、焦る。

そして次に考えたのが神戸から船に乗って中国へ行き、北京から鉄道に乗ってモンゴル経由でモスクワを目指すというルート。なかなかよいぞ。

しかし北京→モスクワの鉄道は週2便しかなく切符を取るのも大変との情報。中国の旅行代理店に問い合わせてみたら、どえらい手数料で撃沈。切符が取れないと、どんどんロシア入国が遅れ滞在日数が少なくなってしまうので、これまた現実的ではないと悟る。そして焦る。いまさら、焦る。

でも飛行機で入国なんて夢のないことはしたくない!と必死で見つけたのが、北海道・稚内からサハリンに船で渡るルート。
夏だけ運行している船があったんです。

サハリン
日本人には樺太(からふと)と言った方が馴染みがあるかもしれません。

あれ?北方領土問題?そこって“旅行”に行ってもいいの?

自分の中でぼんやりしていた北方領土問題が急に他人事ではなくなりました。
私は呑気に旅がしたいのです。呑気にビールが呑みたいのです。住所不定無職なんです。争い事に巻き込まれたら、自業自得って言われちゃう人物なんです。
むしろババアしねって叩かれて、このブログは炎上…

ってところまで想定したら悲しくなってきたので、ちゃんと調べることにしました。

サハリンの領土の経緯についてざっくり話すと『ずっとずっと昔の話はおいておく→サハリンは旧ソ連の領土だった→ 日露戦争の後、サハリンの南半分が日本の領土となる(南樺太)→第二次世界大戦勃発→サンフランシスコ条約で日本はサハリンの領有権を放棄→ソ連によるサハリン侵略が続き占拠される→現在に至る』ということらしいです。
間違ってたらごめんなさい。

つまり、日本が領有権を放棄した後、誰のものでもないのに旧ソ連が占拠しているというのがサハリンの領土問題。

しかし色丹島や歯舞諸島の北方四島はもっとややこしくて、元々日本固有の土地であり領有権の放棄もしていないのに占拠されてしまっているのが問題。(でも国後島と択捉島は放棄するって一回言った後で取り消したので、さらに面倒なことになってる)

まとめると、日本政府としてはサハリンに関してはロシアの土地とは認めてないけど、返還要求は積極的に行っておらず、渡航に関する告示もない。

一方、北方四島は渡航自粛が出ている。
行くとすればロシアのビザを取らなければならず、それはロシアの領土として認めたことになってしまうからということらしい。

なるほどね。またひとつ賢くなってシワが増えちゃった。

こうして北方領土問題について、うすら理解したところで「サハリン行けるんじゃね?」とやる気になり、船会社に電話したところ「空いてますよ」と天の一声。

決 定

全く予定とは違うルートでロシア入りすることになりました。これも運命。

そして一週間後。

稚内空港に降り立っていました。
サハリンビールの文字に心踊る。


日本最後の食事。塩ラーメン。


日本最後の食事Part2。海鮮丼。

そして稚内でどうしても行っておきたかった場所。

第二次世界大戦時、南樺太の真岡という町にあった郵便局に勤めていた電話交換手の若い女性達が、侵攻してくるソ連軍を目の前にして最後まで職務を全うし、青酸カリで自決をした事件の慰霊碑。

死を覚悟しながら懸命に生きた彼女達の最後の言葉からは、悲しみというより毅然とした潔さが感じられました。

今の日本は死が遠いものになりました。でも、本当は誰だっていつだって死んでしまうかもしれないんです。ある日、突然に。
死に敏感になれば、生きることを大切に思うでしょう。

小高い場所に立つ慰霊碑に手を合わせたこの日は、8月15日の終戦記念日でした。


いつまで経ってもロシア編が終わらない予感。
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日本から一番近い外国

※この話は2012年8月の出来事です。

稚内国際フェリーターミナル。
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さぁ、旅再開。日本最北端の街から出発です。

どえりゃあ緊張しています。

だって相手はロシア。冷酷な国ロシア。(個人的イメージによる)
さらにサハリンときた。ビザ取得時に提出したバウチャーには一言も書かれていません。「おみゃーさん、ルート間違っとるでよー」と入国審査で追い返される可能性76%と読んでいます。だから周りの人にも大きな声で「ロシア行ってきます!」とは言えず「ちょっと北国へ…」と小さな声で伝えて出てきました。勢いで行動に出たものの、心は雨に濡れた子犬のように震えています。

心を落ち着かせなければ…心を…。

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うぉー!!テンションMAX!!
船見たらテンションあがります。間違いなく。

アインス宗谷ですよ。写真見返すまでアイスン宗谷だと思ってましたけど。(北国イメージによる)

ハートランドフェリーという会社が毎年6~9月頃の期間限定で運行しています。
稚内からコルサコフ(旧大泊←樺太時代の都市名)まで約5時間半。日本から一番近い外国は、韓国でも台湾でもなくてロシアという事実。近くて遠い国だ。

ターミナル内はロシア人率高し。すでにアウェー。こ、心細い…。

いよいよ乗船時間になり出国審査へ。
日本の出入国管理って、無駄なくさっさとスタンプ押して「はい」ってパスポート返しておしまいのパターンが多いと思うんですが、ここは違いました。
パスポートを渡したら「お~色んな国行ってるね~!」って笑いながら受け取ってくれて、さらにスタンプ押してからも「気をつけていってらっしゃい」と。

仏ですか。

こういう一言って嬉しいですよね。
でも、ロシアの入国審査で追い返されて明日またお世話になる可能性84%ですが。

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出国はWAKKANAI。

船に乗り込む際、渡されたもの。
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鮭弁当とお茶と入国カード。

THE日本!!!

もちろんこの中で一番大事なのは鮭弁当ですね。
大好きです、ハートランドフェリー。ありがとう萩食。

船内はとても綺麗。
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2等はこの雑魚寝席。なんとなく行き場のない日本人が1つの場所に集まってきます。

外のベンチ。
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住める、ここ住める!

と、ここで出港の汽笛が鳴りました。
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ゆっくりゆっくり遠ざかる日本。カモメさん、どこまで付いてくるのかしら。
あぁ、船で出国するって浪漫。

と、ひとしきり感動に酔いしれて気が済んだので、再び船内を探索。

売店にあった土産。
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かたじけないチョコクランチ。
このお土産誰かにあげたい!!意味もなくあげたい!!
でも外国人に「カタジケナイッテドウイウイミデスカ?」って聞かれたらなんて答えればいいんでしょう。ニホンゴムズカシイ。

そして、さらにとっておきを見つけてしまった。
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ビ ー ル 1 0 0 円

一瞬、天国に来てしまったのかと思いましたが、紛れもなくオホーツク海上でした。船内は無税なので100円らしいです。住める、ここ住める!

いそいそとビールを買い込んで席に戻ったら、すでに行き場のない日本人同士仲良くなっていて完全に出遅れました。こういうのって後から入るの勇気いるよね!
でも、話しかけて欲しそうに1人でビールを飲んでいたら親切に声をかけてきてくださった方がいたので無事仲間入りができました。ライダー2名、休暇で旅行に来た方1名。私含めて計4名。日本人少なっ!
「みなさんも自分でバウチャー手配してビザ取られたんですか?」と聞くと「いいえ」との返答。
「ルートもホテルも全部決めてらっしゃるんですか?」と聞くと「はい」との返答。

まじかー!

ちなみにわたしくし、今日のホテルも決めてません。
だって入国拒否されると思ってるんだもん!!

話をしていたら完全に自信喪失、入国拒否される可能性93%まで上昇してきたので、もう鮭弁食べて、ビール飲む!!
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そして寝る!!爆睡。



起きたら枕元にこんなものが。
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日露国境通過証明書だって!

ということは…

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サハリンが見えてる!!
本当に近いんだなぁ。寝てたら着いちゃったよ。

ノスタルジック船も航海中。
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そしてコルサコフの街並みが見えてきた。
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子供の頃から何度も耳にしていた“サハリン”という地名。でもTVでも写真でもサハリンの街を見たことがなかった。近くて遠い場所だった。

港には大型クレーン車が何台も。
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客船ターミナルのような平和的な雰囲気は一切なく、重機に囲まれた殺風景な港。ロシアっぽい。

そして、到着。
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船を降り、入国審査に進む。いざ勝負!

館内には大きな麻薬犬が1匹放し飼いにされていてウロウロと動き回っている。
放し飼いて。

入国審査は1人1人に時間がかかっていて、なかなか列が進まない。後ろの方に並んしまったので手持ちぶたさでいたら、流暢な日本語を喋るロシア人に話しかけられました。どデカい荷物背負ってる女1人旅が珍しかったらしい。その方はサンクトペテルブルク出身、札幌在住で、通訳やガイドの仕事のため何十回とサハリンに来ているというサハリンマスターでした。今回は宮崎から来た陶芸家の方達の通訳のお仕事とのこと。みなさん一等席にいたから会わなかったんですね。
「今日はどこ泊まるの」と聞かれたので「決めてないんです」と言うと「はぁ???ここロシアだよ!他の国と一緒にしちゃダメだよ!!」と一喝。す、すみません。なんなら日本帰るんで許してください。

勝負に出る前に心が折れたところで、入国審査の番がやってきました。
無表情、無言の管理官に「どーもー」と小さな声で言いながらパスポートを差し出す小心者。無表情、無言で受け取り、パソコンをいじる管理官。数分経過。な、長い!どこに視線を置いていいか分からず、麻薬犬を「あーら、かわいいワンちゃんね」風に優しい眼差しで見つめるのにも限度がある。早くして-!
それからさらに書類書いたり、パスポートを隈なくチェックした挙句…

スタンプポンッ!!



入国できた\(^o^)/


こんなに緊張した入国審査は初めてかもしれません。
いやー、ロシア入れた!サハリン入れた!!


で、これからどうしよ?


我に返ったところで、先ほどのロシア人通訳と陶芸家の方達が「ユジノサハリンスク(サハリンの首府・旧豊原)まで行くから一緒に車に乗っていきなさい。ホテルも一緒に探そう。」と声をかけてくださいました。

神ですか。

そしてユジノサハリンスクまで約1時間、女性陶芸家、岡井先生とお弟子さんの車に同乗させていただきました。そこで伺ったお話が、1983年に起きた大韓航空機襲撃事件。(航路を逸脱しソビエト領空(サハリン上空)を誤って飛行してしまった民間機である大韓航空機がソ連の戦闘機に撃墜され、乗員乗客269人全員が死亡した事件)この飛行機に岡井先生の息子さん夫婦が乗っていたそうです。突然消息を絶ち、何か手がかりはないかとサハリンに通う母。事実を隠すソ連。結局、息子さん夫婦の遺体も遺品も何も戻ってこなかったそうです。
旧ソ連という国、サハリンという土地に複雑な思いを馳せながら、現在は毎年夏にサハリンで野やきを行い、現地の人と交流し、祈りを捧げているとのこと。母としての強さ、愛を感じました。
岡井先生のHPはこちらです。
初日から良い方達に出会えて本当に感謝です。


さて、ユジノサハリンスクに到着し、先生方の泊まるホテルに空きを聞いてみると1部屋だけ空いているとのこと。お値段1泊2600ルーブル。(約7500円)
高いと思うでしょ?いやいや、これサハリンではかなり安い!というのもサハリンには安宿というものが存在しなくて、さらに日本から予約する場合、必ず旅行代理店を通さないといけないので相場が13000円~20000円という驚きの値段。サハリンはオイルマネーの影響で物価が高い。そして企業がホテルを押さえているので、ホテル側も営業努力する必要がないという観光客にとっては最悪のパターン。その観光客が全然いないので困る人も少ないんですが。なので7500円でも、空いていただけラッキーと思わなければなりません。無になりましょう。

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泊まったホテル:ツーリストホテル。滞在登録無料。Wi-Fiあり。朝食なし。フロントは全く英語通じません。
        
チェックインした頃にはもう日が暮れ始めていたのでホテル周辺だけ散歩。
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だだっ広い街だなぁというのが第一印象。
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ホテルの目の前にあるスーパーで夕食を調達。
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ロシアのスーパーはお惣菜が充実してるからありがたい。

ムーミン見ながら一杯。
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そっかぁ、フィンランド、お隣の国だもんね。
でもすんごい遠いよね、サハリンから。

ふう~色々緊張した1日で疲れました。でも、入国できて良かった!

で、明日からどうする?


くしゃみと鼻水が止まりません。ここは中国…。
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サハリンに日本の面影はあるのか

※この話は2012年8月の出来事です。


サハリン2日目。ノープランで来てしまったので、何も予定はありません。。。
かと言ってのんびりするほどの金銭的余裕もありません。2日連続1泊7500円は無理というもの。

朝起きて、まずは鉄道駅に向かいました。そう、サハリンには鉄道が通っているのです。船の次は鉄道。これ最高のコンビネーションね。

ユジノサハリンスク駅。
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飾り気のない無機質な建物。看板すらないので迷ってしまい、駅の目の前で「駅ってどこですか?」と聞く横山やすし状態。メガネメガネ…。

さらに駅に入っても行き先別に売り場が分かれているらしく、うろうろうろ。ロシア人って眉間にしわ寄せて怒っているように見えるので、なかなか話し掛けられない。しかも英語が全く通じない。私、スパシーバしか話せない。むー。

なんとか行きたい駅名連呼し窓口にたどりつき、地球の歩き方に書いてあった通りの“○○のきっぷください。ぱじゃるーすた。”と書いたメモを渡したら切符買えました。しかも今晩の夜行列車、次の日も夜行列車。これで2日分のホテル代が浮きます。はらしょー!

無事、行き先が決まったのでホテルに戻りチェックアウト。フロントで「チェックアウトお願いします」と言ったら、チェックアウトすら英語が通じないという驚愕の事実。鍵を返し大きく手を振り「バイバ~~イ!」と派手なアクションで思いを伝えたところ、ニコリともせずに冷めた目で見られただけでした。ロシア…。

ひとまず夜行列車まで時間があるので今日はユジノサハリンスク観光をします。

まずはロシアに来たからにはお約束のコレ。
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レーニン像。
これから一体いくつのレーニン像を見ることになるのやら。

駅前にあるレーニン広場でのんびり過ごす人達。
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この先、ロシアのあちこちで見るようになる南京錠スポット。
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カップルが愛を誓い合ってかけるやつね。そして私には関係ないやつね。
ロシア人ってこんなベタなことやるのかと、ちょっと意外。

この先、ロシアのあちこちで見るようになる汽車スポット。
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駅前にはレーニン像と汽車。これロシアの定番です。メモしておくように。

ユジノサハリンスクの街並みはガラーンとしてて、特徴的なものがありません。
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道路が広くて、その脇には色合いのない四角い建物がポツポツと並んでいます。店には看板がなく営業中でもドアが閉じているので、何のお店か分からない。ゆえに、お店に寄ることができず、ただただひたすら歩くという羽目になります。

唯一、キュンとしたのが教会。
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地味な街並みとは打って変わってクリームソーダみたいな可愛らしさ。
ロシア正教会は偶像崇拝しないので中はイコン画(聖画)で埋め尽くされtいます。
ポップな外見と荘厳な内部のギャップの虜になった日。


あとキュンキュンしたのがすれ違うロシア美女。
モデルのような体型と、見惚れてしまう美しい顔。街を歩いていて何度ハッとしたことか。




ただし、20代に限る。

30、40代の変化期を終えた美女はこうなります。
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ロシアのおばちゃんの94%がこの体型。



さて、サハリンに来るにあたって一番気になっていたのは“そこに日本はあるのか”ということ。
日本だったけど日本じゃない場所、日本なのに日本じゃなくなっている場所、それぞれの考えた方があるでしょうが、そういう場所が60年程経った今どうなっているのか。
特にここユジノサハリンスクは樺太時代には豊原市として一番の中心地となっていたところ。もしかしたら、日本を感じさせるものがあるのではないかと、ついつい“日本”を探してしまいます。

拓殖銀行跡
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サハリン州郷土博物館。樺太時代に樺太庁博物館だった建物をそのまま利用。
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これは日本っぽい。

ここの2階には樺太時代の資料が展示されており、今まで見たことのない写真や映像を見ることができました。そこに写っていた豊原は完全に日本の町のひとつであり、全く異国を感じさせないものでした。

ロシアでは結婚式を挙げたカップルがそのまま街に出て記念撮影するのが定番らしい。
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ユジノサハリンスクの中でも人気の撮影スポットがここ。和洋折衷ですな。

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街にはこんな車が走っていたり、スーパーで日本の調味料が売られているのを見て“日本”を感じることはあったのですが、それも稀なこと。私にはここが“ロシア”だとしか感じられませんでした。

それでも、ただひとつ、強烈にここに日本があったことを思い知らされたことがありました。
それを街を歩いている人達を見た時。

ロシア人に混じって非常に多くのアジア人がいるんです。
なぜここに?びっくりしました。

日本人ではありません。彼らは日本統治時代に移住していきた朝鮮系の人々。労働者として強制的に樺太に連れて来られた、と言った方が正しいかもしれません。
第二次大戦後、日本が敗戦し樺太がソ連に占領されると、樺太に住んでいた日本人は次々に日本に引き揚げましたが、朝鮮系の彼らは母国に帰ることを許されずこの地に残るしか選択肢がなかったそうです。

今は2世、3世の人達が多く住んでいるのでしょう。ロシア語を話し、この国の住民となり、街にとけ込む姿からは暗い過去を想像させるものはありません。
でも私は胸が痛むのです。

サハリンで見た日本の面影は“残された人々”でした。


い、い、いばたーーーー!!!!(TдT)
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サハリン鉄道の夜

※この話は2012年8月の出来事です。 金額は当時のレート1R(ルーブル)=2.6円で計算しています。

市内観光が終わり念願のサハリン鉄道に乗る時間になりました。

サハリン鉄道といえば宮沢賢治。
昔、宮沢賢治が岩手から青森、北海道、そして樺太と旅をした時にサハリン鉄道、もとい樺太鉄道(?)に乗り、その体験が“銀河鉄道の夜”のモチーフになったと言われているそうです。

もし今でもここが日本だったら“からふと銀河鉄道線”っていう名称になって、ユジノサハリンスクには宮沢賢治文学館ができて、“飴ニモマケズ”とかいう土産物が作られてるんだろうなぁ。
なんてことを考えながら時間を潰した駅の隣にあるハンバーガー屋。(Wi-Fiあり)

見た目通り、味は微妙。

ユジノサハリンスク駅のホーム。ロシアは改札がないので駅舎を通らず道路から直でホームにいける造りになっていることが多いです。
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列車の色、ロシア国旗の色!

車両の入口で切符とパスポートを見せて乗車。

豪華な切符。

ロシアの鉄道で気をつけなければいけないのが時間。時刻表、切符、掲示板等すべてモスクワ時間で書いてあります。日本時間が10:00の時、サハリンは12:00、モスクワは4:00なので、切符には12:30発と書いてあるけど、実際はサハリン時間の20:30発になります。
ということを窓口で説明してくれたけどロシア語が分からなくてポカーンとしてたら、ちゃんと枠外に書いてくれました。
上が行きの切符、開放寝台(3等)1377.4R(約3600円)。
下が帰りの切符、4人用コンパートメント(2等)3434.1R(約9000円)。

サハリン鉄道に乗れる機会なんてそうそうないので違う席種がいいなぁと奮発してしまいました。ホテル代の7500円は高いと感じるのに鉄道にはすんなりお金を出してしまうふしぎ。

さて今回のルートを説明しましょう。これ鉄道のカーテンね。便利だね。
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赤丸がユジノサハリンスク。一番北の白丸がこれから行くノグリキ。そう、鉄道で行ける北限まで行ってしまおう作戦。なぜなら長く乗っていたいから。それだけ。
ちなみにユジノサハリンスクの右下がフェリーが到着したコルサコフ。ユジノサハリンスクの左隣が次回の記事に出てくるホルムスクです。

開放寝台。
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はりきりすぎて一番乗り。

片側に向かい合わせで4つ寝台。
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反対側には縦に2つの寝台があります。椅子の下に荷物も入れられるし広々~。

列車が出発するとチケット&パスポートの再チェックとシーツの配布がありました。
シーツの中にはタオルも入っていて至れり尽くせり。
快適だぞ、サハリン鉄道!

というわけでいそいそ布団を敷いて…
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おやすみなさい。












え、銀河鉄道の夜!!

リアル体験談は!!






まぁ寝たよね。

起きたら快晴でした。
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タイガの森。これぞサハリンの景色。清々しいくらいこれ以外出てきませんけど。好きですよ、そういう潔さ。

11時間後ノグリキ到着!
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すでにノグリキの素朴さが伝わる画像。

夕方まで荷物を預かってもらおうとしたらまさかの土日は休みという週休二日制。
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駅前はだだっ広い空地にいくつかお店があるだけ。
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その中の一軒にダメ元で荷物を預かってもらえないか聞いてみたらニコリともせずに「いいよ」との返事。
サハリンに来て三日目。だんだんロシア人の習性が分かってきました。


無愛想、でも優しい。


荷物から解放されたので、いざ町中へ。
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この道を通って。いや道じゃない、線路を歩いて。
もちろんBGMはスタンドバイミー。

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ずっと線路を歩いていれば町に着くと聞いていたのに、途中分離帯で間違った方向に歩いてしまい入っちゃいけないところに突入。
警備員が怖い顔で飛び出してきたと思ったら、丁寧に道を教えてくれました。


無愛想、でも親切。


約一時間歩き疲れ果てて途中からバスに乗り、やっと町に到着。歩いた意味がないのはそっとしといてやってください。
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町一番の中心地…。

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町一番の大通り…。

ノグリキは現在石油、天然ガス事業の中心地となっている場所。さぞかしバブリーかと思いきや、めちゃくちゃ素朴な町。謙虚な町、好きですよ。

味のある木造の家が両脇に並んでいます。
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町外れにあるノグリキ市郷土博物館。
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この地に住んでいたニヴフ族が使っていた道具などが飾られている資料館。ずっと説明付で見て回らなければならず、でもロシア語が全く分からないのでお互いヘラヘラ笑ってるだけでした。

新築物件。
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日本にはない色使い。

教会はやっぱり可愛い。
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写真だと分かりにくいけど、青の銀紙を貼り付けたような屋根。花壇の手入れも行き届いていて、大事にされている教会なのが伝わってきました。

適当に見つけたカフェ(ロシアではカフェと書いて食堂と読む)で昼食。
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地球の歩き方の“ロシア料理図鑑”を食べたいものから片っ端から指差したらことごとくなくて、最終的に落ち着いたのがこれ。
ポテトグラタンwith豚肉重ね。
ロシア料理です。うまし。

デザートは定番のブリヌイ。
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クレープです。練乳がけ。あまし。

以上ノグリキ観光でした。

夕方、駅に戻って荷物を預かってくれたお店で一杯。
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ロシアで一番人気のビール。

そして帰りは優雅に2等車。
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と思いきや同じ部屋のおっちゃんのイビキが異常にうるさかったむねん。

知らないおっちゃんと二人きりで同じコンパートメントになるより、開放寝台のほうが居心地がよいことに気付きました。これからは3等にする。

こうしてひたすらタイガの森を抜けて
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11時間後、再びユジノサハリンスクに戻ってきました。
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え、銀河鉄道の夜は!?


宮沢賢治が乗ったのは違う路線らしいよ。だから寝るよね。
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