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Author:さー
愛知生まれの東京育ち。
旅と野球とお酒を愛する39歳。女。
フットワークの軽いインドア派。

2012年1月15日、世界放浪の旅に出発。
2014年12月23日、帰国。

行きたいところに行ったら最終的に世界一周になりました。

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サハリン(旧樺太)って行けるんですか?

いやー、パソコンが故障してネチネチ文句を書き連ねた記事をスマホで書いてたら突然パソコン直りました。
誰に似たんだ、この気分屋が!!


お久しぶりです。

更新が止まったのは日本で食べることに忙しかった60%、前田の引退に落ち込んでいた20%、再出発の準備に忙しかった15%、パソコンが壊れた5%です。

前回“ただいま”と書きましたが、すでに再出発しています。さようなら、カツ丼。

そして今、ロシアにきております。

雪です。東京との気温差30℃。
でも、ケンチャスムニダ。
元気にビールを飲んでおります。

さて、今回のロシア話はおいといて去年の話に戻りましょう。何事もなかったかのように前回の続きです。

※ここからの話は2012年8月の出来事です。

ロシアのビザを取った後は旅のルート作り。いや、本来はルート決めてからビザ取るんですけれども先走ってしまったもので。

頭の中で“鳥取から船に乗ってウラジオストクへ行き、そこからシベリア鉄道で大陸横断”という妄想ルートが出来上がっていたため余裕こいてたというのもあります。
だから余裕こいて出発の10日前に船会社に電話したんですよね。
そしたら「満席です」と無情の一言。
さらに「翌週も満席です」と追い討ちの一言。

妄 想 ル ー ト 崩 れ る

ロシアのビザは入国日~出国日が決まっているので、日程はずらせない。焦る。いまさら、焦る。

そして次に考えたのが神戸から船に乗って中国へ行き、北京から鉄道に乗ってモンゴル経由でモスクワを目指すというルート。なかなかよいぞ。

しかし北京→モスクワの鉄道は週2便しかなく切符を取るのも大変との情報。中国の旅行代理店に問い合わせてみたら、どえらい手数料で撃沈。切符が取れないと、どんどんロシア入国が遅れ滞在日数が少なくなってしまうので、これまた現実的ではないと悟る。そして焦る。いまさら、焦る。

でも飛行機で入国なんて夢のないことはしたくない!と必死で見つけたのが、北海道・稚内からサハリンに船で渡るルート。
夏だけ運行している船があったんです。

サハリン
日本人には樺太(からふと)と言った方が馴染みがあるかもしれません。

あれ?北方領土問題?そこって“旅行”に行ってもいいの?

自分の中でぼんやりしていた北方領土問題が急に他人事ではなくなりました。
私は呑気に旅がしたいのです。呑気にビールが呑みたいのです。住所不定無職なんです。争い事に巻き込まれたら、自業自得って言われちゃう人物なんです。
むしろババアしねって叩かれて、このブログは炎上…

ってところまで想定したら悲しくなってきたので、ちゃんと調べることにしました。

サハリンの領土の経緯についてざっくり話すと『ずっとずっと昔の話はおいておく→サハリンは旧ソ連の領土だった→ 日露戦争の後、サハリンの南半分が日本の領土となる(南樺太)→第二次世界大戦勃発→サンフランシスコ条約で日本はサハリンの領有権を放棄→ソ連によるサハリン侵略が続き占拠される→現在に至る』ということらしいです。
間違ってたらごめんなさい。

つまり、日本が領有権を放棄した後、誰のものでもないのに旧ソ連が占拠しているというのがサハリンの領土問題。

しかし色丹島や歯舞諸島の北方四島はもっとややこしくて、元々日本固有の土地であり領有権の放棄もしていないのに占拠されてしまっているのが問題。(でも国後島と択捉島は放棄するって一回言った後で取り消したので、さらに面倒なことになってる)

まとめると、日本政府としてはサハリンに関してはロシアの土地とは認めてないけど、返還要求は積極的に行っておらず、渡航に関する告示もない。

一方、北方四島は渡航自粛が出ている。
行くとすればロシアのビザを取らなければならず、それはロシアの領土として認めたことになってしまうからということらしい。

なるほどね。またひとつ賢くなってシワが増えちゃった。

こうして北方領土問題について、うすら理解したところで「サハリン行けるんじゃね?」とやる気になり、船会社に電話したところ「空いてますよ」と天の一声。

決 定

全く予定とは違うルートでロシア入りすることになりました。これも運命。

そして一週間後。

稚内空港に降り立っていました。
サハリンビールの文字に心踊る。


日本最後の食事。塩ラーメン。


日本最後の食事Part2。海鮮丼。

そして稚内でどうしても行っておきたかった場所。

第二次世界大戦時、南樺太の真岡という町にあった郵便局に勤めていた電話交換手の若い女性達が、侵攻してくるソ連軍を目の前にして最後まで職務を全うし、青酸カリで自決をした事件の慰霊碑。

死を覚悟しながら懸命に生きた彼女達の最後の言葉からは、悲しみというより毅然とした潔さが感じられました。

今の日本は死が遠いものになりました。でも、本当は誰だっていつだって死んでしまうかもしれないんです。ある日、突然に。
死に敏感になれば、生きることを大切に思うでしょう。

小高い場所に立つ慰霊碑に手を合わせたこの日は、8月15日の終戦記念日でした。


いつまで経ってもロシア編が終わらない予感。
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