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さー

Author:さー
愛知生まれの東京育ち。
旅と野球とお酒を愛する39歳。女。
フットワークの軽いインドア派。

2012年1月15日、世界放浪の旅に出発。
2014年12月23日、帰国。

行きたいところに行ったら最終的に世界一周になりました。

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シャングリラでチベットを想う

香格里拉(変換面倒なので以下シャングリラ)は古城地区の周りに大きなホテルが立ち並び、観光地として売り出す気満々に見えました。何年か後には麗江から鉄道が通るそうです。
お金になることには力を惜しまない中国さんです。

でも、まだのんびりとした空気が残っているシャングリラ。
今日はみんなでレンタサイクルをして郊外に出ようという計画です。爽やかさんです。

P5017655P5017655.jpg
青空!久々にスカッとする景色に出会えました。

そういえばシャングリラは3300mの高地でした。自転車漕ぐと息切れ激しいです。三十路だから息切れてるんじゃなくてね、高山だから切れてるんです。

ゆるやかな坂道になっていてかなりキツい。
P5017717P5017717.jpg

1時間程漕いで着いたのはナパ海!!
P5017695P5017695.jpg
うわぁ。良い眺め!
気分爽快!ナパ海いいねー!!


とひとしきり盛り上がる私の横でタカ&トシが言います。


「これナパ海じゃないんじゃない!?」って。


「いやいや」と私は言います。

地球の歩き方に載っているナパ海の写真を見せて「ほら、これと一緒でしょ」とアピールします。

それでもタカ&トシは諦めません。


「中国が観光地で金をとらないわけないじゃん」


確かに・・・。これだから三十路は冷静で困る。

そして第一村人を発見し、ナパ海はどこか聞くと
「あっち」と全く別の方向を指します。

ちょwww私のナパ海に対する感動を返して!!!(←勝手に一人で決め付けていただけ)


そしてまた自転車を漕ぎ、着いたナパ海。
P5017719P5017719.jpg
ちゃんと入場ゲートがありました・・・。そうだよね、これがなきゃ中国の観光地じゃないよね。
お金払う気にもならず、ここで引き返しました。さっきの方が絶対ナパ海にふさわしい!(←諦めが悪い)

ナパ海にがっかりした後は近くにあった村を散策しました。
前回も書きましたがここはチベット圏なのでチベット人が住んでいます。

ここでチベットについてものすごく簡単に説明。
*私見入りまくってます。

昔、チベットはひとつの国でした。
しかし1950年代より中国共産党によるチベット侵攻が始まります。
約20年間に渡る弾圧の中で、120万以上のチベット人が虐殺され、6000以上あったチベット寺院は破壊され残ったのはたった8ヶ所、チベット人が生き仏として崇めるチベットの最高指導者ダライ・ラマ14世は1959年インドに亡命せざるを得なくなります。さらに漢民族の移住が進められ占拠が続きます。
チベットの人たちは宗教を奪われ、土地を奪われ、命を奪われたのです。
そして、この問題はまだ終わっていません。現在も中国政府の武力によるチベット制圧は続いています。


私は中国がチベットに対して行なっていることを何一つ賛成していません。
人としておかしいと思っています。人としてね。
人が人を暴力で押さえ込むなんて最低の行為だと思っています。

P5017756P5017756.jpg
こんなのどかな村を歩いていても『人民解放』の看板を見かけました。”アンタたちを貧しい暮らしから解放してやったんだぜ!”という中国政府による余計なお節介による解放運動です。誰も頼んでないわ!

P5017735 (1)P5017735 (1)
仲良し兄弟。

P5017738P5017738.jpg
仲良し牛。

P5017790P5017790.jpg
石を積み上げて作られた仏塔。自然に溶け込んでいる。

P5017799P5017799.jpg
チベット圏では肉と言えばヤク。牛も豚もほとんど見かけません。固くて少し臭みがあるので、そんなに美味しくない・・・。


地図を見ているとこの村から街まで通り抜けられることになっています。
自転車を走り進める3人。
とその時、チベット人のおじいさんに話しかけられました。

「私はここを管理している者ですが、ここは通り抜けできないんです。通り抜けするためには松賛林寺の入場料が必要なんです。ごめんなさい。」と。

確かにこの村の先には小ポタラ宮(ポタラ宮:チベット仏教の総本山)と呼ばれる松賛林寺というお寺があります。しかし私たちは翌日お寺に行くつもりで今はその敷地に入る気もないし、ただ通り過ぎたいだけなんです。そのことを話してもおじいさんは「対不起(トゥイプチー=ごめんさい)、対不起」と言います。「政府が決めたんです」と。

それ以上は言えませんでした。自分たちの生活の場を政府に管理され、それを丁寧に観光客に説明し、中国語で謝るおじいさんに何も言えませんでした。

中国人(漢民族)って謝る文化がないんですよね。道でぶつかろうと、何か間違いがあっても謝らないんですよね。私が1ヶ月間中国にいた中で”対不起”を聞いたのは、この時だけでした。


翌日、その松賛林寺に入場料を払って行ってきました。
P5027948P5027948.jpg
確かにポカラっぽい!寺院の下には僧房が広がっています。
そして右上に見えるクレーン車。また何かしようとしてるみたいです。これ以上、形変えなくていいからねー。

P5027925P5027925.jpg
正面から。

P5027849P5027849.jpg

P5027856P5027856.jpg
華やかで細やか。色彩が見事だと思う。

P5027858P5027858.jpg
この窓を見るとブータンを思い出す。

P5027910P5027910.jpg

P5027880P5027880.jpg
僧房がある道を歩くと迷路みたい。


お寺からの帰り道バス停まで歩いていると、チベット人が大勢集まっている場所がありました。
お葬式のようでした。
男性と女性に別れ、女性陣はピンク色の鮮やかな民族衣装を着ていました。
そして抱き合って、おいおい声をあげて泣いています。それはそれは大きな泣き声でした。
泣き声が大きいことが悲しみを表すことになるのか、あたり一面に響き渡る声でみんなが泣いていました。


それを丘の上から僧侶が眺めていました。
P5027962 (1)P5027962 (1)

文化が違って当然。
風習が違って当然。

それを武力で押さえ込む必要がどこにあるんだろう。
そんなことを考えながら、この光景を見つめていました。


1週間程ネットの繋がらない場所に行くのでコメントの返信が遅れます。とか書きながらコメント1通もなかったら悲しいのでどなたか・・・。
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Comment

さーちゃん、元気してる?
中国の旅も終盤ですか?(笑)

小さな日本の中でも、地域によって文化も風習も違う。
大きな世界となれば、違って当たり前だよね。

私の大好きな絵本「スイマー」の
”一人では小さな力も、みんなで協力すれば大きな力になる!“
っていう素敵な教え。
テレビで報じられる今の中国は、その教えの使い方が間違っている・・・。
“赤信号、みんなで渡れば怖くない”を実践する中国は、何を目指しているのでしょうか?

その人の国籍がどこかではなく、人柄が大事だよって我が子には教えたい。
でも「日本人だから」って理由だけで傷つけられるなら、あの国には気をつけてって教えなきゃいけない。
それって凄く悲しいことだよね。

日本も朝晩は凌ぎやすくなってきたよ。
ちょっと肌寒いくらい。
さーちゃん、肌寒いじゃ済まない場所にいるんだから、しっかり防寒して風邪ひかないでね~!
風邪はビールでは治りません。

またまたコメントさせて頂きます

こんにちは。
度々コメントして、すいません。

私はフランスに少し住んだ事があるのですが、
両親を殺されて亡命してきたカンボジア人や、軍事政権に反対するデモで投獄されて、その後亡命したトルコ人の方と出会いました。

こういう出来事は正直他人事だと思っていた私には、ものすごい衝撃でした。
自分ではどうしようもない大きな何かに人生をねじ曲げられている人が、世界にはたくさんいるのだと初めて知りました。

こういう思いをする人が少しでも減るといいんですが…
難しいんでしょうね。

^o^

どうもどうも。
チベットいいですね。空が青い!!
私が一度は行ってみたい’’中国’’の観光地の一つです。
「中国の」とはいいましたが、チベットの歴史を考えると何だか中国の地であるということを認めたくないですね。
チベット国の地ですよね。

中国共産党は一体いつまで侵略を続けるのでしょうか。
チベットのように虐殺してまで奪い取った歴史を見ると、今の尖閣の問題も何だか怖くなってきますよね。尖閣周辺を中国漁船がうろついてるみたいですし、いつか暴挙に出る可能性もありますよね。あ~怖い。

すいません、またまた旅行ブログが暗い方向にいってしまいました。度々すいません^^;

No title

チベットの料理の写真があれば見たいです^^

今世間を騒がせている尖閣諸島も、歴史を調べると日本が中国との当時の力関係を利用し、半ば強引に日本の領土にしたという経緯があります。
地図で尖閣の位置を見ると「ちょっと欲張り過ぎ」ってぐらい当時の日本が如何にイケイケだったか分かる場所にありますよね。

あの頃中国は軍事力が無かったが故に、言われるがまま台湾を差し出したり、イギリスからのアヘンの密輸を断ったら攻め込まれて香港を獲られたり、欧米諸国から様々な不平等条約を結ばされるなど、散々煮え湯を飲まされ続けてきました。

「軍事力さえあれば…」と悔しかった思いを中国はしつこく忘れませんでした。
今の中国の傍若無人さは、それほどの軍事力を持ったことを意味しています。
言うなればこれは負の連鎖だったりするわけで…。

アメリカさえも国益の為ならイスラエルを積極的に支援したり、独裁者のムバラクと親密だったり…

世界中で不条理な事がたくさん起きてるけど、その人たちとどう付き合うのか、どうたしなめるのか、直に目の当たりにすると本当に考えさせられますよね。

No title

2年ほど前、渋谷で「クラナゾ」というヤン・リーピンさんの舞台を見て、チベットの文化や歴史に興味を持ちました。
いつか行ってみたいなと思ってる地域です。

チベットで起きたことは、悲劇としか言いようがないですね。他国を侵略・支配するためには、言語と宗教を奪うことが早道とは言うけど、やられた方はたまったもんじゃないですね。
日本も過去に韓国や中国に同じことをしてると思うと、心が痛みますね。
大嫌いって言われても仕方ないのかも。

時間がかかってもチベット人が自治権を、そしていつか国を取り戻すことを祈ります。

そうそう、まだ電車は出てこないですかー?

No title

さーさん、お元気そうで何よりです。
物事を深く、相手の立場でいつも考えられているのは、職業柄なのでしょうか。思慮深くて素敵な方だと、勝手に想像しています♪
武力で相手を抑える・・本当に最低ですよね。どうしてこんなに歴史上繰り返されるのか・・と思うと、利権、お金、宗教、色々な問題が絡むんでしょうね。友人がチベットに入国した際、国民が日々敬虔に信仰心を持ち、まじめに暮らしているのに感動していました。さーさんの視点でのチベット、これからの記事が楽しみです。

私事ですが、先日政治学を学ぶイスラエルの女の子と話す中、彼女に政治学を専攻した理由を聞くと、「日本のように平和な国にしたいから!」と。兵役についてもあっけらかんとして話してくれましたが、考えることが多かったです。隣国で大勢の死者が出ている状況、想像つきません・・「平和」の言葉の重みが違いました。また、「日本は昔悲劇があったけど、国民は恨みを抱えていない」という点を褒めてくれました。日本人の美徳は人を恨まないところだと、今の日中問題を見ていると思います。

また、友人の家庭はルワンダの子を養子に引き取りました。虐殺の2ヶ月後に産まれ、彼曰くもう少し早ければ命はなかった、と。(EUの子です。)

なんというか、島国で平和に育った私には想像がつかない世界でしたか、平和を享受できてることに感謝ですね。


長々すみません!
さーさんの道中が安全で、たくさんの楽しい出来事に恵まれますように♪

>香織

まだ中国の旅は中盤です(笑)びっくりするほどスローペースで申し訳ない。

集団心理って怖いし、それを裏で操っている政府も怖い。
でも私たち日本人だって原発事故の時、政府にコントロールされて真実を知ろうともしなかった人が多かったのはとても残念。

旅に出て思うのは教育って本当に大事だなって。子供の環境を整えていくことが将来に繋がるんだなって改めて気づきました。香織の教えは地球を救うよ(´ー`)ノ

ビールって薬じゃないんだ!?知らなかったよ。教えてくれてありがとう!

>めがねさん

何度だってコメント大歓迎です。

フランスも移民が多くい国ですけど、それぞれ事情を抱えているんですね。
私もこの後、チベットから亡命した人の話を聞くんですがとてもショックを受けました。
いつかその話も書きたいなと思っています。

少なくとも50年前に比べたら世の中は平和になっていて、それを持続させたいと思っている人の方が多くなっていると思うので、50年後にはさらにそういう人が増えるといいですね。

>旅は出会いの宝庫^^ さん

そうチベットの空は青いんです!私もチベットを中国と呼ぶことにとても抵抗がありますねー。
でも、もうはや完全な支配下です。
シャングリラは雲南省なので、まだ監視がゆるいんですがチベット自治区ときたらひどいもんです。
ここに資源が埋もれているらしいので、中国は絶対手放さないでしょうね。

中国の何でもありな姿勢は恐怖ですよね。加えて日本はノホホ~ンとしてますから。

食べ物の写真も載せたかったんですが、あまりにも内容とギャップがあったので今回は見送っちゃいました^^;チベット料理より移住してきた漢民族による四川、重慶料理屋が多かったです。

>くるんテープさん

とても勉強になりました。ありがとうございます。
旅をしている中で、ボルネオでもタイでも日本が進駐していた足跡がしっかり残っていて、この土地の人たちは日本人を歓迎しているのだろうかと考える機会が多くありました。
遠く離れた国で「戦時中に教わったから」と日本語を喋るお年寄りに出会うと申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

火を点けたのは私たちにも責任があるんですよね。

かと言って、いつまでも”目には目を歯には歯を”を繰り返していたら終わりがないですね。まさに負の連鎖。
日本人が平和ボケと言われるまで変わったように、いつか中国も変わるんでしょうか。

>Miyuさん

その舞台、初めて聞きました。とても興味があります。
中国国内では規制がひどくてチベット関連のことは一切報道されないので、海外で注目してもらって周りから働きかけてもらうしかないんですよね。やり場のない状態で、それでもチベット仏教とダライラマの教えに従って暴力的な反抗をしないチベットの人たちの思いが無駄にならないといいなと願っています。

電車、中国では2回しか乗らなかったんですよー^^;意外とバス移動が多くて。でもこの後、私が憧れに憧れていた鉄道が登場しますのでどうぞお楽しみに♪

>yuccoさん

私もyuccoさんのご友人と一緒でチベットの人たちの暮らし、考えに感銘を受けて、だからこんなに肩入れしてるのかもしれませんね。こんなに善と悪がはっきりしている世界が目の前にあるのに黙っていられなくなりました。
世の中で起こっている問題はこれだけではないけれど、少なくとも自分が目にしたことについては本気で考えたいなと思っています。もう少ししたらアフリカに向かう予定なので、そこでもいろいろ考えるんでしょうね。それよりチベット編!早く書かなきゃ>_<;

イスラエルの人がそんな風に日本を見てくれていたのは驚きもあり嬉しさもありです。
女性でも兵役に行かなければいけないなんて、私には到底考えられません。兵役後、旅を楽しんでいるイスラエル人によく会いますが、そりゃ大騒ぎもしたくなるよって思います。

こうやって他の国から評価される国に生まれたことを感謝しつつ、逆に影響力があることも肝に銘じていかなきゃですね。
非公開コメント

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