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さー

Author:さー
愛知生まれの東京育ち。
旅と野球とお酒を愛する39歳。女。
フットワークの軽いインドア派。

2012年1月15日、世界放浪の旅に出発。
2014年12月23日、帰国。

行きたいところに行ったら最終的に世界一周になりました。

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サハリンに日本の面影はあるのか

※この話は2012年8月の出来事です。


サハリン2日目。ノープランで来てしまったので、何も予定はありません。。。
かと言ってのんびりするほどの金銭的余裕もありません。2日連続1泊7500円は無理というもの。

朝起きて、まずは鉄道駅に向かいました。そう、サハリンには鉄道が通っているのです。船の次は鉄道。これ最高のコンビネーションね。

ユジノサハリンスク駅。
P8176172.jpg
飾り気のない無機質な建物。看板すらないので迷ってしまい、駅の目の前で「駅ってどこですか?」と聞く横山やすし状態。メガネメガネ…。

さらに駅に入っても行き先別に売り場が分かれているらしく、うろうろうろ。ロシア人って眉間にしわ寄せて怒っているように見えるので、なかなか話し掛けられない。しかも英語が全く通じない。私、スパシーバしか話せない。むー。

なんとか行きたい駅名連呼し窓口にたどりつき、地球の歩き方に書いてあった通りの“○○のきっぷください。ぱじゃるーすた。”と書いたメモを渡したら切符買えました。しかも今晩の夜行列車、次の日も夜行列車。これで2日分のホテル代が浮きます。はらしょー!

無事、行き先が決まったのでホテルに戻りチェックアウト。フロントで「チェックアウトお願いします」と言ったら、チェックアウトすら英語が通じないという驚愕の事実。鍵を返し大きく手を振り「バイバ~~イ!」と派手なアクションで思いを伝えたところ、ニコリともせずに冷めた目で見られただけでした。ロシア…。

ひとまず夜行列車まで時間があるので今日はユジノサハリンスク観光をします。

まずはロシアに来たからにはお約束のコレ。
P8176153.jpg
レーニン像。
これから一体いくつのレーニン像を見ることになるのやら。

駅前にあるレーニン広場でのんびり過ごす人達。
P8176165.jpg

この先、ロシアのあちこちで見るようになる南京錠スポット。
P8176166.jpg
カップルが愛を誓い合ってかけるやつね。そして私には関係ないやつね。
ロシア人ってこんなベタなことやるのかと、ちょっと意外。

この先、ロシアのあちこちで見るようになる汽車スポット。
P8176168.jpg
駅前にはレーニン像と汽車。これロシアの定番です。メモしておくように。

ユジノサハリンスクの街並みはガラーンとしてて、特徴的なものがありません。
P8176181.jpg
道路が広くて、その脇には色合いのない四角い建物がポツポツと並んでいます。店には看板がなく営業中でもドアが閉じているので、何のお店か分からない。ゆえに、お店に寄ることができず、ただただひたすら歩くという羽目になります。

唯一、キュンとしたのが教会。
P8176190.jpg
地味な街並みとは打って変わってクリームソーダみたいな可愛らしさ。
ロシア正教会は偶像崇拝しないので中はイコン画(聖画)で埋め尽くされtいます。
ポップな外見と荘厳な内部のギャップの虜になった日。


あとキュンキュンしたのがすれ違うロシア美女。
モデルのような体型と、見惚れてしまう美しい顔。街を歩いていて何度ハッとしたことか。




ただし、20代に限る。

30、40代の変化期を終えた美女はこうなります。
P8176178.jpg
ロシアのおばちゃんの94%がこの体型。



さて、サハリンに来るにあたって一番気になっていたのは“そこに日本はあるのか”ということ。
日本だったけど日本じゃない場所、日本なのに日本じゃなくなっている場所、それぞれの考えた方があるでしょうが、そういう場所が60年程経った今どうなっているのか。
特にここユジノサハリンスクは樺太時代には豊原市として一番の中心地となっていたところ。もしかしたら、日本を感じさせるものがあるのではないかと、ついつい“日本”を探してしまいます。

拓殖銀行跡
P8176180.jpg

サハリン州郷土博物館。樺太時代に樺太庁博物館だった建物をそのまま利用。
P8176205.jpg
これは日本っぽい。

ここの2階には樺太時代の資料が展示されており、今まで見たことのない写真や映像を見ることができました。そこに写っていた豊原は完全に日本の町のひとつであり、全く異国を感じさせないものでした。

ロシアでは結婚式を挙げたカップルがそのまま街に出て記念撮影するのが定番らしい。
P8176224.jpg
ユジノサハリンスクの中でも人気の撮影スポットがここ。和洋折衷ですな。

P8176193.jpg
街にはこんな車が走っていたり、スーパーで日本の調味料が売られているのを見て“日本”を感じることはあったのですが、それも稀なこと。私にはここが“ロシア”だとしか感じられませんでした。

それでも、ただひとつ、強烈にここに日本があったことを思い知らされたことがありました。
それを街を歩いている人達を見た時。

ロシア人に混じって非常に多くのアジア人がいるんです。
なぜここに?びっくりしました。

日本人ではありません。彼らは日本統治時代に移住していきた朝鮮系の人々。労働者として強制的に樺太に連れて来られた、と言った方が正しいかもしれません。
第二次大戦後、日本が敗戦し樺太がソ連に占領されると、樺太に住んでいた日本人は次々に日本に引き揚げましたが、朝鮮系の彼らは母国に帰ることを許されずこの地に残るしか選択肢がなかったそうです。

今は2世、3世の人達が多く住んでいるのでしょう。ロシア語を話し、この国の住民となり、街にとけ込む姿からは暗い過去を想像させるものはありません。
でも私は胸が痛むのです。

サハリンで見た日本の面影は“残された人々”でした。


い、い、いばたーーーー!!!!(TдT)
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Comment

No title

さーさんへ

駅で英語が通じないって困りますよね、いくら国内(島内)
路線でも、僕もセルビアの首都ベオグラードで国内線バス
ターミナルで唯一ボスニアのサラエボ行き(国際)のバスがある
ようですが、キリル文字が読めなくて探すことができなくて
近くのバス会社でウイーン行きのバスに乗りました。
後で考えたら文字が読めなくても ただサラエボって言ったら通じたかもね。
スパシーバは、P Bのオリビアで覚えたロシア語ですか?。

樺太の記事、興味深く拝見させて頂きました。
日本統治時代の建物が結構残っているんですね。
共産主義国家でなくなった今も、レーニンはヒーローなのですね、ふむふむ。

最近、日本のTVで海外に住む日本人に会いに行くのが流行っています。
番組内で、樺太に住んでいる日韓ハーフの高齢の女性に会いに行っていました。
敗戦と同時に、日本人の友達は皆引き上げてしまい、とてもさみしい思いをしたそうなのですが、韓国、朝鮮の方々は帰ることができなかったんですね。

自分ではどうにもできない大きな力ってあるんだな、と何とも言えない気持ちになりました。
平和な日本に生まれて、好き放題できることに感謝です。

今はどちらにいらっしゃるんですか?
気をつけて旅を続けてください!

No title

樺太は日本の面影をほとんどなくしてしまったんですね。
でもそうかもしれませんね。
日本人にとっては「樺太=日本なの?ロシアなの?」って感じでしょうし
そんな風に多くの日本人の記憶からこぼれ落ちる程度の
存在でしかなくなってしまったら
ロシアの人々の日常生活が優先されて当然でしょうね。

それにしてもロシアの教会は可愛いですねー。
去年の夏、会社の同僚がサンクトペテルブルクに旅行に行ってましたが
素敵な街並みの写真いっぱいでした。
さーさんも行きましたか?

この先も楽しみにしてます!!

>てるさん
現地語を勉強すればいんでしょうけど、ロシア語の壁が高すぎてどうにもこうにも覚えられません(汗)
英語が通じない場所でも相手が分かってくれようと聞く耳持ってくれればありがたいんですけど、中国の「メイヨ―!」と同じく「ニエット!」でぶった切られると心が折れそうになります…。
スパシーバ、確かにPBで覚えたのが初めかもしれません。あの時はスパシーバとカニエツで乗り切っていたなぁ。

>めがねさん
そのTV、是非見てみたかったです。サハリンに行ってみて、現地の人の話を聞いてみたいと心から思いました。
ロシア人にしても韓国・朝鮮系の方にしても、樺太に住んでいた日本人にしても。
シベリア抑留の日本人については学校で学ぶのに、もう一方で日本が行っていたことに関して知る人は少ない。私もそうですけど。
やったやらない、良い悪いの問題ではなく、一つの側面で物事を見てはいけないんだなと感じます。
激動の時代に巻き込まれてしまった人々が今、穏やかに暮らせているのならば、今の生活が続くよう願わずにはいられません。

今は中央アジアを旅しています。まったくの季節外れですけど…。でも良い所です!

>Miyuさん
おっしゃる通りだと思います。
時が経つにつれ、日本人の関心が薄くなる一方ですよね。日本って外交下手ですし、ここまでロシアの生活が染み込んだ土地をどうするの…というのが率直な気持ちです。もちろん日本として領土が広がれば有利になることもあるでしょうが、私個人としては今後サハリンについて“日本の領土だ”と声高に叫ぶことはないと思います。

ロシアの教会は、本気で可愛いんですよ!!
撮影禁止のところも多いので、今後紹介できるところがあれば内部も載せますね。
サンクトペテルブルクの教会…実は今まで旅していた中で一番のお気に入りです!!思い出してもうっとり~。

度々、書き込んじゃってすいません。

そのTVでは、芸能人の方が海外在住の日本人に会いに行くんです。
樺太の女性は、訪問した女優さんが帰る時に泣いていました。初対面で短い時間を過ごしただけなのに。
その女優さんに日本の面影を見て、恋しくなってしまったのでしょうか。
お子さんもいて、幸せだけど、複雑な気持ちなんでしょうね。
彼女の気持ちを想像すると切なくなって、だいぶ経った今でも忘れられません。

第二次大戦後に戦地にそのまま住み続けている男性とか、移民政策で南米に渡ったご家族とか、私の知らない日本がたくさん出てきます。
日本に帰国された際には、ぜひ見てみてください!

>めがねさん
詳しい情報ありがとうございます。
住んでいた場所が少し変わるだけでも寂しいのに、風景だけでなく人も、まして国まで変わってしまい“故郷”が失われる気持ち、どれだけ辛かったことか…。
でも日本を憎しみの対象ではなく懐かしいと思っていただけるなら少し気持ちが救われます。
昔、ペルーに行った時、日系移民一世のおじいさんが私の手を握りただただ涙されてたのを思い出してしまいました。
故郷の匂いって忘れられないものですね。

私がTVで見ていることに、さーさんは実際に触れているんですね…すごいなあ。
やっぱり旅は心を豊かにしますね!

>めがねさん
自分の目で世界を見れることに感謝し、それをできる限り言葉に変えて伝えられたらなと思います。
なかなか難しいですけど…。
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